ペダリングアルゴリズム(4節リンク機構編その3)

2018年10月25日

本シリーズでは、様々な観点からペダリングの仕組みを理解し、どのようにすればペダリングスキルが向上するかについて考察していく。第3回目となる今回から複数回に渡って、ペダリング動作における筋肉の使われ方を論文等で示された実験データで確認し、4節リンク機構の観点からその理由について考察する。最初はハムストリングだ。

連載の一覧はこちら。

  1. 4節リンク機構編その1(近似モデル)
  2. 4節リンク機構編その2(死点)
  3. 4節リンク機構編その3(データ検証:ハムストリング)← 本記事
  4. 4節リンク機構編その4(データ検証:大腿四頭筋)

※諸注意

この記事は、できるだけ客観的なデータや論文、論理的思考や根拠に基づいて書くように努力していますが、あくまでも私個人の考察・意見です。また、私個人の体験、さらには他人が提唱した仮説を元に構成された考察もあります。もしこの記事を参考にする方は、そのことを十分に承知したうえで自己責任でご活用ください。

前回と前々回の復習

今回の記事も、前回、前々回と同様に図1で示したような2次元平面上で考えたペダリング動作を近似した4節リンク機構について考えていく。

図1. ペダリングを模した4節リンク機構とその適用例

前回の記事では、4節リンク機構と筋肉の対応関係を確認し、ペダリングの死点は2種類4カ所存在することを示した。また、もしエキセントリック収縮を起こさせないような筋肉の使い方をしようとすると、ハムストリングは僅かな範囲でしか使われないということをモデルケース (A = 165.0 mm、B = 385.0 mm、C = 486.5 mm、D =  746.0 mm、φ = 79°) を用いて説明した(図2)。

図2. エキセントリック収縮が起きない筋収縮のタイミング(この図は誤解を招く恐れがあるため、いかなる場合も引用禁止とする

今回の記事では、ペダリング動作におけるハムストリングの使われ方を論文等で示された実験データで確認し、前回考察した筋肉の使い方とどれくらい一致しているかについて見ていく。

EMGデータからみる筋肉のアクティベーションパターン:ハムストリング編

EMGとは?

Wikipediaによると、

筋電図 (electromyography – EMG) とは、筋肉で発生する微弱な電場の変化を検出して、縦軸に電位、横軸を時間をとって図にしたものである。

とある。筋肉は脳や脊髄から電気信号が送られて初めて収縮する。その電気信号を測定することによって、どのように筋肉が活動しているかを記録することができるのだ。しかし、注意しなければならないのは、EMGのデータは筋肉の動員単位を表しているのであって、「信号強度が高い=筋出力が高い」という訳ではない。酒井医療株式会社のHPには、このような記述がある。

いわゆる筋力は、運動単位の参加と筋横断面積、関節角度、運動速度などにより変化します。筋電図は運動単位の機能を評価しているため筋のコンディションにより、同じ筋力が発揮されているとしても変化します。(表面筋電図の基礎 (3)筋電図から得られる情報, 酒井医療株式会社ホームページより引用)

今回は、主にEMGのデータから筋収縮のタイミングを見ていくことにする。

ハムストリング(大腿二頭筋長頭)の収縮パターンは2種類存在する

実は、大腿二頭筋長頭の筋収縮パターンは2種類存在することが、JorgeとHullやRyanとGregorによって報告されている [1, 2]。ここでは、より高い負荷で計測しているRyanとGregorの研究 [2] を紹介する。

被験者は、少なくとも過去に1シーズン以上のレース経験がある18人のサイクリストだ。ただし、VO2Maxなどの記載は無いため、個々の被験者がどれくらいの身体能力を持っているかは分からない。すなわち、レース経験はあるけど初心者から脱出した中級者も含まれている可能性がある。EMGは250W、90rpmの条件で計測された。計測された筋肉は、大殿筋 (GM) 、半腱様筋 (ST) 、半膜様筋 (SM) 、大腿二頭筋長頭 (BF) 、内側広筋 (VM) 、外側広筋 (VL) 、大腿直筋 (RF) 、腓腹筋内側頭 (GAST) 、ヒラメ筋 (SOL) 、前脛骨筋 (TA) の10種類だ。

図3に、EMG計測結果を [2] より引用する。

図3. RyanとGregorによる10種類の筋肉におけるEMG測定結果(参考文献 [2] の図1より引用)

大腿二頭筋長頭のデータは右側2段目であり、被験者18人全員の平均した結果である。しかし、RyanとGregorは大腿二頭筋長頭の筋収縮パターンは2種類に区別できると主張している。図4に、大腿二頭筋長頭のパターン別に平均したEMG計測結果を [2] より引用する。

図4. 大腿二頭筋長頭における2種類の収縮パターン(参考文献 [2] の図6より引用)

パターンAでは、クランク角 -45° (315°) 付近から収縮が始まりクランク角0°付近でピークを迎え、その後は段々収縮力を弱めながらクランク角270°付近まで持続的に収縮が続いている。一方パターンBでは、収縮が開始するのはパターンAと同じクランク角 -45° (315°) 付近であるが、クランク角45°あたりから収縮力が強くなり始め、ピークを迎えるのはクランク角90°をちょっと超えた辺りとなっている。

では、熟練サイクリストに対象を絞った場合はどういう結果になるのか。紹介するのは、Hug et al. の研究 [3] だ。

被験者は、11人の男性サイクリストだ。VO2Maxは67.1 ± 9.2 mL/min/kg、MAPテストによるパワーは391.0 ± 22.3 W(FTP換算だと約293.3 W)であることから、よく訓練された熟練サイクリストであると言える。EMGは150Wと250W、94.6 ± 4.2 rpmの条件で計測された。計測された筋肉は、前脛骨筋 (TA)、ヒラメ筋 (SOL) 、腓腹筋外側頭 (GL) 、腓腹筋内側頭 (GM) 、外側広筋 (VL) 、大腿直筋 (RF) 、内側広筋 (VM) 、大腿二頭筋 (BF) 、半膜様筋 (SM) 、大殿筋 (GMax) の10種類だ。ただし、大腿二頭筋は長頭と思われる。

図5に、250Wの負荷におけるEMG計測結果を [3] より引用する。

図5. Hug et al. による10種類の筋肉におけるEMG測定結果(参考文献 [3] の図4より引用)

熟練者だけに限ると、大腿二頭筋 (BF) の筋収縮はパターンBとなるようだ。

では、パターンAとパターンBは何が違うのか? まずはパターンAから見ていこう。

パターンAは明らかに初心者のペダリング

パターンAは、引き足と踏み脚の両方に大腿二頭筋長頭を使うペダリングになっていると考えられる。

大腿二頭筋長頭が収縮すると、股関節に対しては伸展トルク、膝関節に対しては屈曲トルクが働く。大腿二頭筋長頭が付着している骨盤は動かないものと仮定しており、踏み脚の局面で膝関節は伸展方向に回転する(大腿二頭筋長頭は膝関節の方向へ引っ張られる)ことから、大腿二頭筋長頭の筋収縮力は主に股関節伸展トルクに働くことになる。

引き足を行うことができる筋肉は腸腰筋(大腰筋、腸骨筋)、大腿筋膜張筋と大腿直筋だけだと信じられているが、これは違う。4節リンク機構の特性上、膝関節最大伸展位から膝関節最大屈曲位においては、膝関節に屈曲トルクをかけるだけで大腿部を持ち上げることができる。すなわち、膝関節屈曲トルクをかけられる筋肉群も引き足を行える。図6に、模式図を示す。

図6. 膝関節屈曲トルクによる引き足の模式図

今、引き足の局面で股関節は屈曲方向に回転する(かつ、骨盤は動かない)ことから、大腿二頭筋長頭の筋収縮力は主に膝関節屈曲トルクに働くことになる。従って、パターンAでは大腿二頭筋長頭も引き足の動きに一役買っていることになる。

さて、前回の記事で指摘したように、大腿二頭筋短頭を除くハムストリング群がエキセントリック収縮を起こさないような筋収縮のタイミングは僅かしかない。従って、パターンAでは(ポジションにもよるが)筋収縮のほぼ全行程がエキセントリック収縮となる。これでは、何千回とクランクを回せばハムストリングが攣ってしまうのも無理はない。

目指すべきは当然パターンBのペダリング

となれば、我々が目指すべきハムストリング群の使い方は当然パターンBである。

パターンBでは、股関節上死点付近から筋収縮が強くなり、膝関節前死点付近で最大となっている。このフェーズにおいては膝関節は伸展方向に回転しているため、筋収縮力は主に股関節伸展トルクとして働いていると考えられる。さらに、膝関節前死点以降は、股関節伸展トルクから発生する力をより効率的に使うための調整力として働いていると考えられる。図7に、模式図を示す。

図7. 股関節伸展トルクで発生する力と膝関節屈曲トルクで発生する力の合力

図7の左側では、股関節伸展トルクで発生する力と膝関節屈曲トルクで発生する力の合力が、丁度クランク回転軌跡の接線方向になるように描いている。また、右側は股関節伸展トルクで発生する力しかクランクにかかっていない場合を表している。この2つを比較すると、大腿二頭筋長頭でフォースベクトルを調節することによって、より高いパワーを発揮することが出来ることが分かる。

また、Takaishi et al. の研究 [5] によると、サイクリストと非サイクリストでは、運動強度が上がったときにサイクリスト群の方はハムストリングの活動が活発になったのに対し、非サイクリスト群ではあまり変わらなかったと報告している。従って、上級者ほどハムストリングの使い方が上手であることを示唆している。

大腿二頭筋短頭は他のハムストリング群とは機能が違う

ここまで読んできて、「何故そこまで大腿二頭筋の長頭と短頭を頑なに分けて考えるのだろう」と思った人はいるだろうか。実は、大腿二頭筋長頭と短頭は、2関節筋と単関節筋の違いだけでなく支配神経も違うのである。長頭は脛骨神経 (L5~S2) 、短頭は総腓骨神経 (L5~S2) が支配している。従ってこの2つの筋肉は、一部協働する場面はあれど、それぞれ単独の機能も持っていると考えるのが自然だろう。

では、単関節筋である大腿二頭筋短頭はペダリングにおいてどう使われているのか? ここで、da Silva et al. の研究 [4] を紹介する。

被験者は、競争力のある9人のサイクリスト or トライアスリートだ。ただし、VO2Maxなどの記載は無いため、個々の被験者がどれくらいの身体能力を持っているかは分からない。EMGは190 W、90±4 rpmの条件で計測された。計測された筋肉は、大腿二頭筋短頭 (BFS)、大腿二頭筋長頭 (BFS) 、半膜様筋 (SemM) 、半腱様筋 (SemT) 、大腿直筋 (RF) 、中間広筋 (Vint)、外側広筋 (VL) 、内側広筋 (VM) の8種類だ。

図8に、EMG計測結果を [4] より引用する。

図8. da Silva et al. による8種類の筋肉におけるEMG測定結果(参考文献 [4] の図3より引用)

大腿二頭筋長頭の筋収縮はパターンBであることから、被験者はある程度以上の熟練者であることが推定できる。

さて、大腿二頭筋短頭は大腿二頭筋長頭のEMGアクティビティがMAXになった付近から活動を開始する。他のハムストリング群と違いクランク角180°以降も活動を続け、膝関節後死点までには活動を終えている。支配神経が違うからこそ、筋収縮のタイミングを変えられるのである。このことから、大腿二頭筋短頭は大腿部を持ち上げる引き足の補助を行っていると考えられる

ここで注意したいのは、間違っても「じゃぁ、大腿二頭筋短頭で引き足をしよう!」と考えてはならない。大腿二頭筋短頭はあくまで腸腰筋との協同筋(補助)であって、主動筋では無い。これについては、後々の記事で触れる予定だ。

まとめ

ペダリング動作における筋肉の使われ方を論文等で示された実験データで確認し、2関節筋である大腿二頭筋長頭の筋収縮パターンは2種類存在することを示した。上級者のペダリングでは、大腿二頭筋長頭は殿筋群と協同して股関節伸展トルクをかけることができ、また、3時から6時にかけて股関節伸展トルク由来の力を、接線方向に調整する役割を果たしていると推定された。単関節筋である大腿二頭筋短頭は、引き足動作の補助に使われていることを指摘した。以上より、ハムストリングは要らない子どころか、ペダリングに非常に重要な役割を果たしていることが分かった。

「ハムストリングで踏む」という表現は間違ってはいない。しかし、機構の制約上ハムストリングの収縮は大半がエキセントリック収縮になり、力が強すぎるとハムストリングが攣ったり最悪の場合は膝関節を故障する恐れもある。パターンAの場合はなおさらだ。ハムストリングを最大限利用するためには、ネガティブトルクのかかる膝に過度の負担がかからない程度の負荷で始め、徐々に負荷に耐えられるようにトレーニングを積んでいくのが良いだろう。

次回は、論文等で示された実験データから大腿四頭筋群や殿筋群が実際にどのように使われているかについて考察する。

参考文献

稲田重男, 森田鈞: 大学課程 機構学, オーム社, 1966.

D. A. Neumann: 筋骨格系のキネシオロジー 原著第2版, 医歯薬出版, 2012.

表面筋電図の基礎 (3)筋電図から得られる情報, 酒井医療株式会社ホームページ.

[1] M.Jorge and M.L.Hull: Analysis of EMG measurements during bicycle pedalling, Journal of Biomechanics, Vol.19, No. 9, pp. 683–694, 1986.

[2] M.M Ryan and R. J. Gregor: EMG Profiles of Lower Extremity Muscles During Cycling at Constant Workload and Cadence, Journal of Electromyography and Kinesiology, Vol. 2, No. 2, pp. 69–80, 1992.

[3] F. Hug, J. M. Drouet, Y. Champoux, A. Couturier, and S. Dorel: Interindividual variability of electromyographic patterns and pedal force profiles in trained cyclists, European Journal of Applied Physiology, Vol. 104, No. 4, pp. 667–678, 2008.

[4] J. C. L. da Silva, O. Tarassova, M. M. Ekblom, E. Andersson, G. Rönquist, and A. Arndt1: Quadriceps and hamstring muscle activity during cycling as measured with intramuscular electromyography, European Journal of Applied Physiology,  Vol. 116, pp. 1807–1817, 2016.

[5] T. Takaishi, T. Yamamoto, T, Ono, T, Ito, and T. Moritani: Neuromuscular, metabolic, and kinetic adaptations for skilled pedaling performance in cyclists, Medicine & Science in Sports & Exercise, Vol. 30, No. 3, pp. 442–449, 1998.

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