EPOドーピングは「どのような状況で」効果的なのか?

エリスロポエチン (EPO) を使用したドーピングは、持久力を向上させるドーピングとして広く知られている。しかし、具体的にどのような状況において威力を発揮するのかはあまり知られていない。本記事では、EPOの効果を論文のデータを元に解説する。

この記事を書こうと思ったきっかけ

この記事を書こうと思ったきっかけは、「赤血球数の低下と持久力向上には関係がある」の記事に寄せられた夢橋さんからのコメントである。以下に、そのコメントの一部を抜粋する。

タイラーハミルトン著の「シークレットレース」(読んでいなかったらごめんなさい)においてヘマトクリットのが出ており、高い方が良い、と再三言われています。

(中略)

そういう部分に関しては本の中では曖昧で”とりあえず高いとええで!”という感じでした。
クラシックなどのワンデーレースより、長く続くステージレースで威力を発揮し、「辛い所でもうひと踏ん張りできるようになり、それは決定的な差になる」という風な感じの記述も見受けられます。

勿論ヘマトクリット値等が低くて強い選手がいるのは当然なのでしょうが、ドーピング(主にEPO)の歴史から見ると高い方が良いという印象を受けます・・・。(パンターニ、ランスアームストロング然り)

「赤血球数の低下と持久力向上には関係がある」の記事においては、赤血球数が低下することによって血液の粘性が小さくなり、心臓の負担が減ることによって持久力が向上することを指摘した。しかし、赤血球数が低下することはすなわちヘマトクリットも低下することを意味し、シークレットレースの著者であるハミルトンの主張と矛盾するように見えることから、質問を頂いたようだ。この疑問に対する回答はコメントに対する返信という形で行ったので、興味のある方はそちらをご覧頂きたい。

さて、今回の記事で扱うのは「(ヘマトクリットが高いと)辛い所でもうひと踏ん張りできるようになり、それは決定的な差になる」の部分である。ヘマトクリットを高めるドーピングはいくつか存在するが、この記事で注目するのはエリスロポエチン、通称EPOである。

EPOが運動パフォーマンス向上に寄与する科学的エビデンスは存在しない?

Wikipedeaによると、エリスロポエチン (EPO) とは……

赤血球の産生を促進する造血因子の一つ(ホルモンともサイトカインとも)。(中略)腎性貧血の治療に主に使用されているが、ドーピングにも使用され問題となっている。

EPOで持久力が向上するからくりとして、「ヘモグロビンが増えて酸素を運べる量が増加するから」と言うような表現がよく使われる。しかし、この説明はあまりにもざっくりし過ぎていて、5分間くらいに対する持久力なのか5時間を超えるような運動に対する持久力なのかがいまいちはっきりしない。

EPOのドーピング効果を検証した論文は様々存在する。ところが、2013年に「EPO使用によるパフォーマンス向上に関して質の高い科学的エビデンスは存在せず、むしろ身体に悪くパフォーマンス低下を招く恐れがある」という論文が発表された [1](日本語の解説記事はここから読むことが出来る)。彼らが指摘しているのは、あくまで「質の高い論文がない」ということである。論文 [1] では13件のEPO関連既存研究を引用し、まず、既存研究の実験デザインが(エビデンスの高い)二重盲検で無かったりプラセボ対照群が無かったりする論文が多いとディスり、ドーピングの効果を検証するには被験者の能力が低すぎるとディスり、そもそもほとんどの研究でVO2Maxしか注目してないけどVO2Maxは持久力の指標としては不適切だよね、とディスりまくっている。

実際は、競技で良い成績を収めた選手からEPOが検出される事例が後を絶たない。EPOが運動パフォーマンスを向上させることは経験的には確実だ。例えば、マルコ・パンターニのヘマトクリットは異常に高く、その原因はEPOの使用であったことが後年になって明らかになっているし、陸上の中・長距離選手からもEPOの検出例が存在している。残念ながら、ドーピングに対して科学が追いついていないという状況が続いていた。

2017年、EPOドーピングの効果を徹底的に検証する論文が発表される

状況が変わったのが2017年で、EPOドーピングの効果を徹底的に検証する新たな論文が発表された [2]。著者リストをよく見たら、(多少メンバーが入れ替わっているものの)先に挙げた論文と同一の研究グループだった。「EPO使用に関する質の高いエビデンスが存在しないなら、自ら行ってしまえ!」という感じだったのかもしれない。そのため、この研究の実験デザインは二重盲検ランダム化比較試験 (RCT) となっており、1次解析としては最も信頼性の高い論文となっている(エビデンスのヒエラルキーに関して知りたければ、この記事が詳しい)。

ただ、ドーピングの効果に対する質の高い検証をするには、それなりに実力のある被験者を集める必要がある。当然、プロ選手が被験者になることは絶対に不可能だ(ドーピング違反で即アウト)。そこで研究グループは、いわゆる「剛脚」の持ち主であるアマチュアサイクリストを募集し、572人が応募した。最大運動試験で4 W/kgを超え、正常運動心電図、ヘモグロビンが12.8 ~ 15.7 g/dL、ヘマトクリットが48%以下という条件で被験者を選別した結果、295名(!)が除外された。更に228名が参加を辞退した(!)ため、49名(内1名が予備被験者)が研究に参加した。また、試験期間中に1名が予備被験者と交代し、もう1人が途中で試験から脱落した結果、最終的に48名(rHuEPO群24名、プラセボ群24名)の結果が分析された。試験開始時におけるrHuEPO群のVO2Maxは55.322 ± 5.453 mL/min/kg、MAPテストによる最大パワーは335.14 ± 34.46 W (4.36 W/kg)、プラセボ群のVO2Maxは55.946 ± 4.136 mL/min/kg、MAPテストによる最大パワーは335.00 ± 33.04 W (4.37 W/kg) で、群間に有意差はなかった(論文中の表1及び表2)。

被験者は、3種類の運動試験を行った。1つ目はVO2Maxを測るMAPテスト、2つ目は45分間のクリティカルパワー (CP45) を測る最大下運動テスト、3つ目はツール・ド・フランスではおなじみ「魔の山」モン・ヴァントゥー(21.5 km、平均勾配 7.5%)を駆け上るタイムトライアルだ。8週間の実験期間中、MAPテストはスクリーニング時、ベースライン(初回投与から14日以内)、ベースラインからそれぞれ11日、25日、39日、及び53日後に実施された。最大下運動テストは、ベースライン(初回投与から14日以内かつMAPテストから少なくとも3日後)及びベースラインから46日後に実施された。モン・ヴァントゥーのレースは、最後の投与から約12日後(被験者によって10~16日前後する)に実施された。

まず、EPOによる血液組成変化の比較分析を見てみよう。図1に、論文中の図2 (Figure 2) を引用する。

図1. 実験期間中におけるヘモグロビン濃度の変化(参考文献 [2] の図2より引用)

有意差 p < 0.0001 で、rHuEPO群がプラセボ群に比べてヘモグロビン濃度が優位に高くなっていることが分かる。凄まじいドーピング効果である。

次に、MAPテストから得られた分析結果を見てみよう。酸素摂取量、パワー、乳酸値、酸素換気量、効率(エコノミー)、心拍、呼吸商に関する値が測定され、最後の測定時において有意水準 p < 0.05 以上で差があった項目は、VO2Max (L/min)、VO2Max (mL/min/kg)、最大パワー (W)、換気性閾値VT1 (L/min)、換気性閾値VT1 (mL/min/kg)、及び換気性閾値VT2 (L/min) であった。VT1及びVT2とは呼吸数の変化率が上がる運動強度の地点を表し、かなり直観的に言えば、VT1は会話は可能だが呼吸が増加し始める地点でVT2は完全に会話が困難になる地点だと思ってもらったらよい。この結果より、rHuEPO群の方がプラセボ群に比べて、1回の呼吸で取り込める酸素量が増え、単位時間当たりの酸素消費量が増え、さらに高いパワーを発揮できたことが分かる。

次に、最大下運動テストの分析結果を見てみる。パワー、酸素摂取量、心拍、乳酸値、効率(エコノミー)に関する値が測定され、最後の測定時において優位水準 p < 0.05 以上で差があった項目は、1つも無かった。これは、45分の有酸素運動ではEPOの効果はあまり無いことを示している。

最後に、モン・ヴァントゥーにおけるタイムトライアルレースの結果を見てみよう。レースには、被験者48名中44名(内、21名がrHuEPO群)が参加し、40名がフィニッシュ、4名(各郡2名ずつ)が途中リタイアした。レースタイムは、rHuEPO群が平均1時間40分32秒、プラセボ群が平均1時間40分15秒で有意差は無く、パワーウェイトレシオも3.03 W/kg vs 3.09 W/kg で有意差は無かった。

以上の結果より、EPOはVO2Max領域における運動能力を押し上げるのに対し、閾値下の有酸素運動ではあまり効果が見られないことが分かる

私見

閾値下の有酸素運動でEPOの効果があまり無い理由は、筋肉(筋持久力)がボトルネックとなっていたためと思われる。研究では、両群においてVO2Max領域の最大パワーだけでなく、CP45の平均パワーも日数が経過するとともに増加した。しかし、それでもなおCP45において群間差が無い(増加の仕方は両群でも同じくらい)ということは、循環器能力の発達は有酸素運動能力の改善には寄与していないことが推測できる。すなわち、有酸素運動能力改善の主な因子は筋肉に由来していると考えるのが自然であろう。あくまで個人的な意見だが、VO2Max領域では循環器能力がボトルネックになりやすく、有酸素運動領域では筋持久力がボトルネックになりやすいことを示唆しているかもしれない。

ちょっと惜しいと思ったのは、モン・ヴァントゥーのテストレースにおける分析だ。44名が一斉にスタートしたかどうかは不明だが、もし一斉にスタートしているのであれば着順を分析して欲しかった。EPOがVO2Max領域で威力を発揮すると言うことは、アタックに強いと言える。競り合いになったときは、恐らくrHuEPO群が強いだろう。例えば、着順をWilcoxnの符号付順位和検定などで中央値の差を分析すれば、面白い結果が得られるかもしれない。誰かやってくれないかな~。

まとめ

EPOドーピングがどのような状況において威力を発揮するのか、アマチュアサイクリストが参加した実験による結果から考察した。EPOを使用しなかった群に比べて、EPOを使用した群はヘモグロビン濃度、MAPテストにおける最大パワー、及び最大酸素摂取量VO2Maxが有意に高かった。一方、最大下運動テストにおける平均パワー、モン・ヴァントゥーにおけるレースタイムに両群間に有意差はなかった。以上より、EPOドーピングはL4領域での一定走行よりもVO2Max領域に踏み込むアタック等に効果を発揮し、タイラー・ハミルトンが言う「辛い所でもうひと踏ん張りできるようになり、それは決定的な差になる」という言葉はまさにその通りだということが分かった。

コメントでは「クラシックなどのワンデーレースより、長く続くステージレースで威力を発揮する」と指摘されていた。しかし、ワンデーレースでは1発のアタックが勝敗を決めることもあり、この結論からはワンデーレースでもステージレースでもEPOドーピングは極めて効果的であると推察する。

最後に、自転車競技に限らず全てのスポーツにおいて、ドーピングの無いクリーンな戦いが見られることを切に望む。

参考文献

[1] J. A. A. C. Heuberger, J. M. Cohen Tervaert, F. M. L. Schepers, A. D. B. Vliegenthart, J. I. Rotmans, J. M. A. Daniels, J. Burggraaf, and A. F. Cohen: Erythropoietin doping in cycling: lack of evidence for efficacy and a negative risk–benefit, British Journal of Clinical Pharmacology, Vol. 75, No. 6, pp. 1406–1421, 2013.

[2] J. A. A. C. Heuberger, J. I. Rotmans, P. Gal, F. E. Stuurman, J. van ‘t Westende, T. E. Post, J. M. A. Daniels, M. Moerland, P. L. J. van Veldhoven, M. L. de Kam, H. Ram, O. de Hon, J. J. Posthuma, J. Burggraaf, and A. F. Cohen: Effects of erythropoietin on cycling performance of well trained cyclists: a double-blind, randomised, placebo-controlled trial, The Lancet Haematology, The Lancet Haematology, Vol. 4, No. 8, pp. e374-e386, 2017.

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1 Response

  1. 夢橋 より:

    凄く詳しい記事を本当にありがとうございます!小躍りをしたいほどです。(笑)
    というか、ここまでロードレースに即した研究があるとはびっくりでした、、。まさかモン・ヴァン・トゥを登らせるとは、、(汗)。

    vo2max領域を押し上げることが興味深いのは勿論ですが、一番気になったのはCP45で効果があんまり見られなかったことですね。vo2maxは有酸素限界でFTPはそれ以上は上がらない、というのを色々なところで見かける訳ですが、FTP領域を上げるのに筋持久の方が重要であるのは改めて気づかされた様な感じがします。今僕はレースとかには出るつもりは全く無くて「FTP領域(TT)で速くなりたいなぁ」と思ってました。それ故にFTPの限界と言われるvo2maxはどういうメカニズムで向上するのか、そしてFTP領域の出力はどうすれば上げられるかを調べてて質問させてもらったという訳です。

    ————————————-
    僕は理系の反対の人間なのでやはり間違ってる解釈もあると思いますが、少し疑問に思っていることがあります。人間の筋肉って2種類(厳密には3種類)に分けられ、速筋は肥大して、遅筋は肥大しませんよね。
    でも筋肉の出力って断面積に依存しますから、いくら持久力のトレーニングをしたって遅筋の出力の限界が来るんじゃないか?というのか気になって真面目に夜も眠れません(笑)そもそも乳酸閾値って遅筋内部のミトコンドリアの密度向上とかで改善されるものだと自分は認識しています。

    (乳酸が蓄積されるのは、遅筋の出力限界を超えて速筋割合が増えて解糖系の比率が高まるせいだと。ATP生成が追い付いていないのではないかという話ですね。実際にそういう走り方で限界を超えると筋肉がガチガチに固まっていますけど、あれってATPが不足して筋肉を弛緩させにくくしているのではないかと思うんです。)

    L4とかのトレーニングで乳酸処理、というか単純にTCA回路とか電子伝達系とかの機能の向上でピルビン酸等を素早く処理できるようになるのは分かります。それで筋持久が増すのも理解できます。
    ですが、比較的長時間維持するべき遅筋が肥大出来なければ維持できる出力もその内頭打ちになると思いませんか?最初自分は、vo2max付近が現時点での遅筋の出力限界と思ってましたが、なんか違う気がします。
    筋トレしても遅筋の出力ではなく速筋が付いて、長時間の持久には寄与しなさそうな気もします。けどTTスペシャリストは全体的に筋肉量が多いですし、中間筋と呼ばれるものも数分だし、、。割合使用される速筋を鍛えることで結果として出力を得ているのか、、。

    コンタドールやフルームのftpは6.8w/kgくらいでしたからそれが人間の遅筋の限界出力なのかなぁ?とは思うのですが「全く」分かりません(笑)
    —————————————
    勿論自分で考える事や調べることを放棄したいわけではありません!自分では今のところ限界です、、。
    ですがHANAKENさんは広い知識をお持ちだと思うので見解を聞いてみたいのです。
    お時間があるときで結構ですので、答えて頂けると嬉しいです。
    拙い長文失礼しました。質問ばかりですみません、、。

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