ティボー・ピノのパワープロファイル(2008年~2013年)を読み解く

2017年10月19日

ティボー・ピノ (Thibaut Pinot) の2008年から2013年にかけてのパワープロファイルを分析した論文を紹介する。著者は、ティボー・ピノの実兄でFDJの監督であるジュリアン・ピノ (Julien Pinot) と、パワートレーナーのフレデリック・グラッペ (Frederic Grappe) だ。

元ネタ

Julien Pinot and Frederic Grappe: A six-year monitoring case study of a top-10 cycling Grand Tour finisher, Journal of Sports Sciences, Vol. 33, No. 9, pp. 907–914, 2015.

日付は2015年となっているが、オンライン論文は先行公開されるのが通例なので、2014年から読めた模様。

この論文では、ティボー・ピノのトレーニング及びレースを6年に渡って追跡し、トレーニング量を定量化した値とパワーウェイトレシオにどのような相関があるかを分析している。

ティボー・ピノのパワープロファイル

ティボー・ピノの詳細

まず、この論文で分析の対象となっているティボー・ピノについての概要を紹介する。まず、論文に載っているデータは以下の通り。

  • 身長: 180cm
  • 体重: 62kg (2008年) → 65kg (2012年~2013年)
  • VO2Max: 5.55 L/min, 85 mL/min/kg (2013年)
  • 8歳から自転車競技を始める
  • 2008年、アンダー19カテゴリーで国際デビュー
  • 2010年、アンダー23カテゴリーでプロ転向
  • 脚質: ステージレーサー、クライマー
  • 2012年、1947年以来最年少でツール・ド・フランストップ10フィニッシャーとなる

論文には載っていないが、主な戦績を挙げる。

  • 2012年、ツール・ド・フランス総合10位、ステージ1勝(第8ステージ)
  • 2014年、ツール・ド・フランス総合3位、新人賞
  • 2015年、ツール・ド・フランス総合16位、ステージ1勝(第20ステージ、ラルプ・デュエズ)
  • 2015年、イル・ロンバルディア3位

デビュー当時はフランス期待の新生と言われ、現在はFDJ不動のエースクライマーである。

パワーの計測方法および定量化

パワーは、全てのセッション(トレーニング及びレース)でSRMにより計測されている。データのサンプリングレートは1Hz。パワーの分析にはTrainingPeaksのソフトであるWKO+を使用している。

論文で示されているのはパワーウェイトレシオ (W/kg) で、パワーの絶対値は記載されていない。論文に記載されているパワーウェイトレシオは、その年に記録された単位時間(1, 5, 30, 60秒、5, 10, 20, 30, 45, 60, 120, 180, 240分)の最大平均パワーウェイトレシオである。

TL (Training Load) による定量化

この研究では、トレーニング量を定量化する手法としてTL (Training Load) というものを定義している。

TLは、次のように定義される。

トレーニング時間 (min) ×RPE(10段階の主観強度)

RPE (Rating of Perceived Exertion) とは主観強度と言われるもので、トレーニングやレースのきつさを自分の経験に基づいて主観的に評価する方法だ。おおざっぱに言えば、楽だったら2、オールアウトしてこれ以上運動を続けるのは無理と感じた場合は10みたいに評価する。RPEは、トレーニングやレースの後にパワーデータを見せる前に本人から直接申告させ、記録している。TLの例を挙げると、65分トレーニングしてRPEを6と申告すれば TL = 65 * 6 = 390 となる。

TLと併せて、"Monotony" indexと"Strain" indexを定義している。まず、"Monotony" indexは次のように定義される。

“Monotony" index: 週の平均TL÷週の標準偏差

“Monotony" indexは、週ごとのトレーニングのばらつきを定量化したものだと考えられる。ちなみに、標準偏差÷平均は変動係数と呼ばれ、異なる2つの集団のばらつきを比較する指標となる。本質的な意味は変わらないけど、なぜか逆数になってるし……。

次に、"Strain" indexは次のように定義される。

1週間のTLの総和とその週のMonotony indexのかけ算 = 1週間のTLの総和×週の平均TL÷週の標準偏差

論文によると、これはオーバートレーニングと怪我病気の防止に重要とのことだ。トレーニングのばらつき (Monotony index) が大きければ、高い強度のトレーニングと低い強度のトレーニングを両方こなしていることになり、Strainが増加する。もしくは、単純にトレーニング量(1週間のTLの総和)が多いと、Strainは増加する。つまり、ずっとStrainが高いということは、高い強度のトレーニングを続けている、もしくはずっとハードワークを続けている、もしくはその両方ということになり、オーバートレーニングに陥る可能性がある。

以下に、1週間のTL、Monotony index及びStrain indexの例を示す。TLはセッションごとに記録するので、1日に複数記録される場合がある(と私は解釈しているが、間違ってるかもしれない)。

曜日 TL 総和 平均 標準偏差 Monotony Strain
507 3741 468 314 1.49 5565
381
530
224
154
408
302
1235

測定結果

2008年~2013年にかけての2208セッションを評価している。セッション数は1727のトレーニングと481のレース(68のタイムトライアルを含む)で、合計1753だ。

以下の表に、パワーウェイトレシオの結果を論文から引用する。

W/kg 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年
4時間 3.7 倍 4.5 倍 4.3 倍 4.3 倍 4.6 倍 4.9 倍
3時間 4.3 倍 4.6 倍 4.6 倍 4.6 倍 4.7 倍 4.9 倍
2時間 4.7 倍 4.7 倍 4.7 倍 5.1 倍 4.8 倍 5.0 倍
1時間 5.0 倍 5.1 倍 5.3 倍 5.5 倍 5.6 倍 5.7 倍
45分 5.2 倍 5.5 倍 5.4 倍 5.6 倍 5.8 倍 5.9 倍
30分 5.4 倍 5.8 倍 5.7 倍 5.8 倍 6.1 倍 6.1 倍
20分 5.7 倍 5.9 倍 6.0 倍 6.2 倍 6.5 倍 6.4 倍
10分 6.0 倍 6.4 倍 6.7 倍 6.6 倍 6.8 倍 6.9 倍
5分 6.4 倍 6.9 倍 7.2 倍 7.2 倍 7.4 倍 7.2 倍
1分 9.6 倍 9.4 倍 9.3 倍 9.3 倍 9.9 倍 10.5 倍
30秒 11.9 倍 13.0 倍 13.2 倍 12.5 倍 12.4 倍 13.0 倍
5秒 17.3 倍 17.1 倍 17.6 倍 17.4 倍 19.0 倍 18.1 倍
1秒 18.1 倍 18.3 倍 18.4 倍 18.7 倍 20.4 倍 19.3 倍

参考までに、パワーの絶対値を計算してみたので表に示す。このパワーの絶対値は、論文に記載されている体重とパワーウェイトレシオから私が計算したものであって、論文には掲載されていない。

パワー 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年
体重 62.0 kg (62.8 kg) (63.5 kg) (64.3 kg) 65.0 kg 65.0 kg
4時間 229 W 282 W 273 W 276 W 299 W 319 W
3時間 267 W 289 W 292 W 296 W 306 W 319 W
2時間 291 W 295 W 298 W 328 W 312 W 325 W
1時間 310 W 320 W 337 W 353 W 364 W 371 W
45分 322 W 345 W 343 W 360 W 377 W 384 W
30分 335 W 364 W 362 W 373 W 397 W 397 W
20分 353 W 370 W 381 W 398 W 423 W 416 W
10分 372 W 402 W 425 W 424 W 442 W 449 W
5分 397 W 433 W 457 W 463 W 481 W 468 W
1分 595 W 590 W 591 W 598 W 644 W 683 W
30秒 738 W 816 W 838 W 803 W 806 W 845 W
5秒 1073 W 1073 W 1118 W 1118 W 1235 W 1177 W
1秒 1122 W 1148 W 1168 W 1201 W 1326 W 1255 W

赤くハイライトしてある部分は、その行(時間)における最大値を表す。2009年、2010年、2011年については体重の記載がなかったので、2008年から2012年にかけて体重が直線的に比例して減少したものと仮定して計算した。例えば2011年の体重は、

で計算した。

各Zoneのパワーウェイトレシオの年変化グラフは論文本体を見てもらうことにして、ここでは横軸を時間(秒、ただし対数)、縦軸をパワー (W) としたグラフを作成した。

このグラフを見ると、5分くらいまではほぼグラフが直線であることが分かる。

パワープロファイルとその他指標との相関

ここでは、パワープロファイルの変化とTLなどその他指標の変化と、どれくらい相関があるかについてみていく。

各指標における実際の変化量については論文を参照していただくとして、ここでは各インターバル時間と各指標にどれくらい相関があるか、その結果を論文から引用する。

W/kg 時間 主観強度 TL Monotony Strain
4時間 0.86* 0.93* 0.87* 0.94** 0.89*
3時間 0.90* 0.91** 0.90* 0.90* 0.90*
2時間 NS NS NS NS NS
1時間 0.89* NS 0.90* 0.89* 0.96**
45分 0.81* NS 0.83* 0.90* 0.92**
30分 0.83* 0.80* 0.86* 0.95** 0.93**
20分 0.82* NS 0.84* 0.90* 0.95**
10分 0.95** 0.84* 0.96** 0.94** 0.96**
5分 0.93** 0.82* 0.94** 0.94** 0.93**
1分 NS NS NS NS NS
30秒 NS 0.84* NS NS NS
5秒 NS NS NS NS NS
1秒 NS NS NS NS NS

(2017年10月19日追記)表の値は、相関係数を表している。-1 ~ 1の値を取り、1に近ければ近いほど正の相関関係が強いことを表す。

なお、*は有意水準0.05で相関性あり、**は有意水準0.01で相関性あり、NSは統計的に相関性なしを意味している。

つまりどういうことかと言うと、相関ありと出たところは、パワーの増加量はその指標の増加量と関係しているということだ。例えば、4時間のパワーについて見ると、トレーニング時間が増えると4時間パワーの増加が期待され、Monotonyが増加すると4時間パワーの増加が強く期待される、といった具合だ。

特徴的なのは、1分以下の短いインターバルになると、ほぼ全ての指標で相関無しという結果が出ている。つまり、むやみやたらにトレーニング時間を延ばしても、1分以下のパワー増加はあまり期待できない、ということになる。これらのパワー特性を引き上げたい場合は、それに特化したメニューをしっかり組まないとだめだということが、このスタディーケースは物語っている。

2014年以降の推定と実際

ここからは論文を離れて、2013年までのデータを使用したピノーのパフォーマンス予測と、実際のデータにどれくらいの差があるかどうかを検証する。

まず、2008年から2013年のデータを基に、2014年以降の推定パワーを予測した。もちろん、いつまでも線形(直線)で成長できる訳ではなく、どこかで頭打ちになるはずだが、ここでは線形近似で推定した。以下に、その結果を示す。

4時間、1時間、30分、そして20分の予測データをグラフ化した。線形近似予測から、2016年における1時間の平均パワー(すなわちFTP)は413Wまで上昇するという結果が出た。20分に至っては467Wという数字をたたき出した。これはクリス・フルームと比べても遜色の無い数字であり、極めて高い。

次に、2015年に実際に記録されたデータと比較してみる。SRMのページに、ツール・ド・フランス2015第17ステージにおけるピノのパワーデータが掲載されている。このステージで、ピノは優勝したシモン・ゲシュケを単独で追走していたが、下りで落車してステージ優勝を逃した。

SRMのページによると、体重は63kgとされている。予測で用いた体重は65kgなので公平な比較ではない可能性があるが、とりあえずやってみた。

以下に、主な峠におけるピノの記録とステージ全体の記録を示す。

距離 タイム 平均パワー
Col des Léques 7.9 km 15分44秒 376 W
Col de Toutes Aures 19 km 30分19秒 315 W
Col de la Colle Saint – Michel 17.2 km 39分43秒 293 W
Col d’Allos 28.75 km 57分19秒 331 W
Pra Loup(山頂フィニッシュ) 5.5 km 14分19秒 362 W
ステージ全体 164 km 4時間22分 291 W

また、Col des Léques、Col d’Allos、およびステージ全体の記録を予測成長曲線と重ね合わせたグラフを以下に示す。

ピノは、ステージ全体を4時間22分、平均291Wで走っている。グラフから分かるように、仮に2011年以前に同じ平均パワーで走ろうとしても、4時間で276Wしか維持できないので、単独追走は無理だったであろう。集団に飲み込まれるか、あるいは千切れていたかもしれない。Col des LéquesやCol d’Allosも、2009年以前なら、このレベルで登るのは不可能だったと思われる。このことから、ピノは以前と比較して着実に強くなっていることが分かる。

注目すべきなのは、これらのデータが過酷な16ステージ走ってきた後に全て記録されたものだと言うことだ。疲労もたまっていたであろう。従って、疲労や今後のステージのことも考えて、全力で走っている訳ではないはずだ。ちなみに、実際の記録と予測成長曲線の値とのずれは、以下のようになる。

記録 予測値 割合
Col des Léques 376 W (15分44秒) 453 W (20分) 83.0 %
Col d’Allos 331 W (54分19秒) 400 W (1時間) 82.7 %
ステージ全体 291 W (4時間22分) 344 W (4時間) 84.6 %

本当に8割くらいの力で登っているかは、もちろん定かではない。しかし、コントロールしながらもこれだけのパワーを出せるのは、流石トッププロと言えるだろう。

まとめ

ティボー・ピノのスタディーケースをまとめた論文の内容について検討した。また、2014年以降の推定パワーを算出し、実際のデータと比較した。

恐るべきピノの成長曲線

もし、ピノが順調にトレーニングをこなし、今までと同じようなペースでパワープロファイルを伸ばしているとすれば、2016年のツール・ド・フランスにおいてクリス・フルームの対抗馬として十分な資質を備えていることになる。ロードレースはチーム戦なので、ピノに十分なアシストを付けられるかが大きな問題にはなるが、楽しみである。

ピノがグランツールを制覇する日は、そう遠くないかもしれない。

時間×主観強度で十分定量化可能

ただ、この論文で本当に重要なのは、ピノがどれくらいのパワーを出せるかではなく、ピノに関するトレーニング指標とパワープロファイルの成長曲線にどのような相関があるか、ということだ。ピノのスタディケースは、5分以降のパワー成長曲線とTL、Monotony index、Strain indexの変化には正の相関関係があることが分かった。つまり、パワーを測定しなくても、トレーニングセッションを主観強度で評価できれば、トレーニングの質を割と正しく定量化できることを示している。これは、パワーメーターを持っていない人には朗報だ。ただし、1秒、5秒といった短い時間のパワーを伸ばすことが重要なスプリンターの人には、あまり役に立たないので注意が必要だ。

最後に

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