標準化パワー (NP: Normalized Power) の数学的考察

2016年10月29日

パワートレーニングを行っている人もそうでない人も、1度は聞いたことがあるであろう言葉、NP。今回は、数学的な観点からその意味を考える。

NP: Normalized Power

NPは、Andrew Cogganによって2003年に提案された……らしいのだが、どれが初出文献なのか分からなかった。そもそもNPが商標登録されてるところからして謎。金儲けをしようと思っているとしか(以下自粛

数学的意味付け

まず、1秒ごとに記録された 秒間のパワーデータがあるとし、そのデータを

とする。すなわち、秒後のパワーは と書ける。ここで、後の議論のために一般化平均を導入する。一般化平均の式は以下のようになる。

この式は、データを 乗したものを全て足し合わせた後データ数で割り(すなわち、各データを 乗したものの平均)、さらに 乗根をとることを意味している。n 乗平均平方根とも呼ばれるようだ。この式に を代入すると、

という見慣れた平均の式が現れる。この が平均パワーである。

一方、NPを求めるには少し前処理が必要となる。まず、パワーデータの30秒移動平均を求める。すなわち、

を求める。ここで、データの要素数が元のデータの要素数 から29個減って m – 29個になっていることに注意されたい(前後のデータに0を付け足す場合もあるようだが、ここでは考えない)。このデータ集合 に対する の一般化平均がNPである。すなわち、

ここで、 はNP、 の要素(30秒移動平均パワー)である。また、30秒移動平均パワーに対する平均も便宜的に導入しておく。

この値は、元の平均パワー と完全には一致しない(データセットの前後29秒を考えればすぐに分かる)。しかし、の値が十分大きければ近似的に と見なしても差し支えは無い(はず)。以降、30秒平均パワーの平均と平均パワーが近似的に同じだとして議論を進める。

さて、ようやく土台が整った。ここで一般化平均の性質から、以下のことが言える。

等号が成立するのは の場合で、そのときのみである。つまり、NPは平均パワーより常に高い。また、データがばらつけばばらつくほどNPは高くなる。これは、統計学においてデータのばらつきを示す指標である分散(標準偏差)が の場合の一般化平均であることからも、直感的に裏付けられる。パワートレーニングの世界では、パワー変動の大きさをVI: Variability Indexという指標を使って表している。

ここで、 はVIである。すなわち、VIはNPを平均パワーで割った値だ。上記の考察より、VIは常に1以上である。パワー変動の大きさはデータのばらつきと同義なので、VIが数学的に妥当な指標であることがわかる。

2つの疑問

さて、NPの定義が終わったところで疑問が2つ浮かぶ。

なぜ30秒平均のデータを使うのか?

どうやら、大方の生理学的反応がだいたい30秒以内で起こるというのが根拠のようだ。つまり、前後30秒のデータを見れば、乳酸性作業閾値や換気性作業閾値を超えた or 下回った(=生理学的反応が変わった)かどうかを判断するのに短すぎず長すぎないということらしい。

なぜ4乗平均平方根なのか?

これに対する明確な回答は、現時点では見つけることができなかった。完全な憶測だが、人間の疲労はパワーアウトプットの4乗に比例するというのをCogganが経験的に導いたのではないだろうか。いずれにせよ、Cogganは、NPと一定のパワーで行った運動の主観強度が±5%の精度で一致すると主張しているので、何らかの科学的意味づけはありそうだ。

他の指標との組合せ

NPを用いた指標について述べる。

IF

IF: Intensity Factorは、FTPに対するNPの割合を示す。すなわち、

ここで、 はIF、 はFTP: Functional Threshold Powerである。 のとき  となる。これが、NPが1時間走ったときの平均パワーへ換算した数値と言われる理由である。

TSS

TSS: Training Stress Scoreは、トレーニング負荷を定量化するために開発された。

ここで、 はTSS、 は時間(秒)である。この式から、トレーニング負荷は時間に比例し、強度の2乗に比例することが分かる。すなわち、トレーニングは時間より強度を重視した方が効率が良いことが示唆される

応用: トレーニング計画を策定する

NPやTSSの導出方法が分かっているのだから、どれくらいの時間と強度でどれくらいのトレーニング負荷を得られるかが事前に計算できる。ということで、「1時間でTSS100を獲得するトレーニングメニュー」をシミュレーションによって考えてみた。

FTPを300W、L1をFTPの54% (162W)、L4をFTPの105% (315W)、L5 or VO2MaxをFTPの135% (405W) に設定した。狙った出力の±5W(標準偏差が5Wの正規分布)としてランダムにパワーを出力し、平均パワー、NP、TSSを計算してシミュレーションを行った。

1時間FTPで走る

定義通り過ぎる。あ、やめて! 石を投げないで!

VO2Maxインターバル: L5 1min (rest 1min) * 21本

シミュレーションした結果がこちら。

アップ10分、L5強度の1分インターバルを21本(レスト1分)、ダウン9分で、獲得TSSは100.6となった。というか、誰がこんなメニュー完遂できるんだ……。完遂できたら、確実にFTP設定が間違ってる気がする。

L4インターバル: 24min (rest 2min) * 2本

流石に21本もVO2Maxはやってられん! ということでL4インターバルを考えてみた。

アップ5分、L4強度24分(レスト2分)を2本、ダウン5分で、獲得TSSは99.7。というか、誰がこんなメニュー(以下省略

Mixedインターバル: L4 20min * 1, VO2Max 1min * 12

もう少しなんとかならんか……ということでこんなものを考えてみた。

アップ7分、L4強度で20分、5分レストした後VO2Max1分インターバル12本(レスト1分)、ダウン5分。獲得TSSは99.7となった。まだこれなら前の2つに比べればできそうな感じ……? 後半の12本で瀕死になることは間違いない。しかも、L4の強度設定が105%という罠。完遂したら勇者だ。

なお、FTP設定を変えてもメニューの強度を%で設定しているのでほとんど結果は変わらない。こうしてみると、いかにFTP強度でトレーニングするのが難しいかが分かる。

まとめ

NPは、生理学的、数学的に裏付けられた一種の統計的指標である。NPは平均パワーより常に高く、パワーの変動が激しければ激しいほど高くなる。短時間高強度でも効果的にTSSを積めるのは、短時間しか維持できないような高強度と低い強度のレストが組み合わさっているため、NPが高くなるためである。

1つ注意したいのは、NPは手段であって目的では無いと言うことだ。NPを上げる方法は簡単だ。前述したとおりパワーの変動を激しくすれば良い。しかし、それが速く走れることに繋がるかは別問題だ。例えば、ヒルクライムで速く走りたければ、VIが低くかつNPを高くしなければならない。言い換えれば、一定でかつ高いパワーを発揮しなければならない。それに適応するためには、短時間高強度のトレーニングだけでは限界があると私は考える。

指標の意味を正確に理解すれば、自ずとどのようなトレーニングをしなければならないかが見えてくる。正しく理解し、正しく活用しよう。

最後に

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